今月の特集

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四神相応の地 -shishin-

2015/12/02

日本の国は京に都を置き
永きにわたり栄えてきました。

その後、
徳川幕府が江戸に都を移し、
300余年栄華を極めました。

実はそれには、「町づくり」に共通した考えがありました。
江戸は京に習って町づくりを行っていたのです。

簡単に言うと、
発展する地相に町を造った、
ということです。

私が学んでいる「真気学」では
以下のような考え方です。

【四神相応の地】
東西南北、各方位には
その方位を司る守護神が存在すると、
古くから言い伝えられています。

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国技である相撲の土俵上にも
四隅にこれらの神を象徴する色の飾りが
吊るされていますね。


shishin_img017.png


東は青龍(せいりゅう、色は青、出世運の象徴)
西は白虎(びゃっこ、色は白、金運の象徴)
南は朱雀(すじゃく、色は赤、繁栄運の象徴)
北は玄武(げんぶ、色は黒、健康運の象徴)

四神相応の地とは、
この四神に守られた町づくりです。

城を中心に、
東(青龍)は、川の流れ
西(白虎)は、長い道
南(朱雀)は、広陵な窪地や海
北(玄武)は、高い山


京の都に当てはめると、
城(平安京)を中心に、
東に鴨川
西に山陰道
南に巨椋池
北に船岡山
という地相です。

更に鬼門と言われる北東の方位には、
城を守るために北東にある比叡山に延暦寺が建立されています。


これら京の町づくりに習って発展したのが江戸(徳川家康)です。
城(江戸城)を中心に、
東に隅田川
西に東海道
南に江戸湊
北に麹町台地

鬼門には東叡山寛永寺が建立され、
反対側の裏鬼門(西南)に徳川菩提寺である増上寺が置かれ
家康が祀られています。

大阪はこれに習わなかったため、
豊臣政権は短命であったとも言われています。

つまり、
現代の家づくりの土地選びに置き換えれば
北に山を背負い、
南は低く開けていて、
東に川が流れていて、
西には大通りがある・・・

これが発展し、
健康に暮らせる最良の地相ということになります。

諸説ありますが、
私はこれに習って物事を考えています。
ご参考にしてください。


   代表取締役 三木 勝彦